創作オペラ 《三郎信康》 2001年8月26日(日)2:00PM アクトシティ浜松 |
オペラ《三郎信康》浜松(8/26) 創作オペラ《三郎信康》の再演を見に、浜松に行って来ました。 僕は歴史散歩も好きなので、この機会に徳川家康の奥方・築山御前ゆかりの地を訪れました。 まずは、浜松郊外、佐鳴湖に近い浜松医療センターへ。 浜松医療センターは新しく大きい病院でした。 その駐車場に『大刀洗の池』の碑が建っています。 時は天正7年(1579年)8月29日、築山御前(38歳?)は岡崎から浜松へ移送される途中、この地で家康(38歳)の命を受けた家臣、野中重政によって斬殺されました。 その太刀を洗った池が、ここにあったそうで、この辺りは御前谷と呼ばれているそうです。 大刀洗の池から浜松寄りの西来院に、築山御前の墓があります。 墓石を覆う『築山御前・月窟廟』は新しい建物でしたが、墓石自体は由緒ありげなものでした。 と予習したのに、築山御前、オペラには出てこなかったんだよね (^_^ゞ。 三郎信康が二俣城内で切腹したのは、17日後の天正7年(1579年)9月15日。 天竜二俣城には、以前行ったことがあります。 天竜川に面した崖の上にあるこの城が歴史に出てくるのは、元亀3年(1572年)の『三方ケ原の戦い』と、この信康自害です。 二俣城の近くの清滝寺(せいりゅうじ)に信康の墓がありまして、築山御前に較べ、ずっと立派な建物が建っていました。 ちなみに、二代将軍となる秀忠はこの天正7年の4月7日に生まれています。 長篠の戦いは1575年、本能寺の変は1582年です。 創作オペラ 《三郎信康》 2001年8月26日(日)2:00PM アクトシティ浜松大ホール 指揮:星出 豊 演出:直井研二 台本:渡部成哉 作曲:二橋潤一(浜北市出身) 岡崎三郎信康:黒田晋也(浜松学芸高校出身) プログラムに渡部氏(台本)の文が載っておりまして、それによれば『通説を私は信じていない』のだそうで、僕から見れば、その台本に問題が多い。 必要な部分(史実・築山御前だ (^_^;)が欠けており、不必要な部分(創作部分・村娘との愛など)が多い。 だから、あまり徳川信康、妻徳姫などの物語を見たという実感に乏しい。 曲はどうなのかな? ストーリーが気になって、曲は良いとも悪いとも‥‥。 まあ、この公演で面白かったところを挙げれば、舞台機構。 アクトシティ大ホールの4面の舞台を生かす演出だそうで、大道具もかなりお金がかかっている感じ。 舞台が右から左に動き奥から新しい舞台がせり出してくるとか、舞台全体が奈落に下がっていくとか、なかなかこれは見せました。 では演出が良かったのか? というと‥‥ストーリーが気になって (^_^;。 |