映画『マエストロ!』 感想
2015年2月4日(水)4:10PM ミッドランドスクエアシネマ

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 最近評判のオーケストラマンガといえば、『のだめカンタービレ』、『天にひびき』『マエストロ』でしょうか。
 先の2作品が若い人のためのマンガだとすれば、『マエストロ』はもう少し大人の世界。
 不況のために解散となった中央交響楽団の元メンバーが謎の天才指揮者・天童徹三郎によって集められ、再結成コンサート『運命』『未完成』を開くというストーリー。


 作者の「さそうあきら」さんは『神童』という天才少女ピアニストのマンガで手塚治虫文化賞などを受賞された方で、僕は『神童』は好みでは無いのですが、音を絵として表現することに長けた方かと思いました。
 
 『マエストロ』はコミック全3巻で、一つ一つの話が個々のメンバーの人生を取り扱うオムニバス形式。
 これがけっこう感動的なのですが、映画ではほとんどカットされています。
 それでも上映時間が2時間かかるのですから大変です。

 元アマオケ団員の僕としては「分かる、分かる!」というエピソードも多くあり(例えば「運命」の第3楽章のヴィオラとチェロのメロディーをアップから弾くかダウンから弾くかの言い争いなど)、出来の良い音楽マンガかと、暇なとき手に取っています。
 
 
  監督:小林聖太郎さん、脚本:奥寺佐渡子さんによって映画化された『マエストロ』の難しいところは、謎の天才指揮者・天童徹三郎(西田敏行)による演奏を実際の音として聴かせなければいけないこと。

 マンガでは天童は最初の一振り「ン・じゃじゃじゃじゃ~ん」
でオーケストラにその実力を見せつけ、団員の心を鷲掴みにします。
 さそうさんはオーケストラの反応を、画面をぶらせたり一人一人の団員の驚きの表情で表現するのですが、映画ではただの「運命」の冒頭が聞こえてくるだけ。

 この場面を見て、この映画は何か間違っている、これではこの映画は上手く行かないな、との予感を持ちました。
 その音楽に惹き付けられなければ、オケ団員は誰も無名の指揮者に付いくわけが無いではありませんか。
 この最初の一振りが如何に重要かということを理解できない人が、監督と脚本家になったことは不幸なことでした。

 プログラムのプロダクションノートに「初めての合同練習は14年3月3日。管楽器は比較的安定した演奏演技を見せるが、弦楽器チームは大苦戦」と書いてあるのには笑えました。
 管楽器は楽器を口に当てていればそれなりに様になるのですが、弦楽器は右手も左手も大変。

 コンサートマスター香坂真一役の松坂桃李さんの演奏姿は、右手も左手も固まって楽器にしがみつき、ボーイングだけ合わせた典型的な初心者の演奏姿でした。
 大学オケからヴァイオリンを始めた初心者はこのような弾き方をしますが、子供の頃から何年も練習していないと無理ですよね。

 香坂のキャラクターとしてはマンガの方が、率先してトイレ掃除をしたり、優しいキャラクターでした。
 映画の香坂は(台本のためですが)イライラして怒ってばかりいる印象が残ってしまい、香坂のためにも残念でした。

 フルートの橘あまねを演じるmiwaさんは映画初出演だそうです。
 miwaさんは紅白歌合戦にも出演されたシンガーソングライターで、フルートは初心者だそうですが、彼女の演奏姿は、まったく音楽を表現しているものでした。

 阪神大震災で橘あまねの父親が壊れた家に挟まれながら焼け死んでいくシーンがありましたが、マンガを読んでいない方は、あれが阪神大震災だと分かったでしょうか?
 マンガでは母親も一緒に焼死するのですが、なぜだか映画には父親だけが出てきました。

 マンガの印象では、天童は突然現れたフルトヴェングラーか、それ以上。
 実際に使われた音源は佐渡裕さん指揮するベルリンドイツ交響楽団でしたが、とても天童徹三郎のレベルには達していないだろうな、と感じてしまいました。
 西田敏行さんはマンガとは違う肥満体ながら、難役に取り組んでおられ、それなりの成果を出されたと思います。
 どこかのオーケストラで西田さんの指揮を聴いてみたいものです。

 西田さんは練習ごとに金槌を振ったり、定規を振ったりしましたが、原作にはない馬鹿馬鹿かしいアイディアかと思いました。
 監督・脚本家は金槌と定規で音楽が変わるとでも考えているのでしょうか?
 それとも、単なる受け狙い?

 「指揮者は指揮棒の先端に命をかけているんだ」とは、多くの指揮者の先生方に言われた言葉です。
 マンガにも「指揮棒の先端」が大事と書かれているでしょう?

 若き日の天童徹三郎を演じた木下半太さんのオーケストラ練習風景には笑いました。
 ああいう若手はいますよね。
 オーケストラの演奏会ボイコット(マンガにはありません)は、小澤征爾さんとN響事件のパロディでしょうか?

 オーボエ奏者のリードを天童が一番良いリードだけ取り出し、残りのリードを踏みつぶす場面がありました。
 楽器を粗末にする行動は不快です(マンガにはありません)。
 演奏中にリードの調子が悪くなったら、代わりのリードは無いではありませんか。
 監督・脚本家は楽器のことを知らない人だと思いましたよ。

 ティンパニーの中村倫也さんは大変お上手で、プロの方かと思いました。
 プログラムによれば、小学生の頃にティンパニーの経験があるそうです。
 これからのオーケストラ映画に、ティンパニー奏者として必ずキャスティングされる方でしょう。

 辻井さんのエンディングテーマは美しい曲でしたが、今までの曲と同じ路線の曲でした。
 アナウンス不足でしょうか、エンディングテーマを聴かずに帰っていく人が多かったです。

 映画には「一人でチケット300枚は捌ける」という団員が出てきましたが(原作には無し)、アマオケ時代の経験では一人30枚のノルマがきつかったです。
 香坂とあまねのベッドシーンはありませんでした (^_^ゞ。
 天童の病気の妻(天童ハル)が宮下順子さんだったというのには驚きました (^_^ゞ。