ロシアお墓の旅
3)アレクサンドル・ネフスキー大修道院 2015年9月20日(土)

前へ  ホームページへ  紀行目次へ  次へ

 
 次に待たせていたタクシーで、ネヴァ川に近いアレクサンドル・ネフスキー大修道院へ向かいます。
 後にウラジーミル大公となるノヴゴロド公アレクサンドル・ネフスキー(在位1252~63)は、1240年にネヴァ川でスウェーデンを破り、2年後には西から押し寄せるドイツ騎士団をチュード湖上で破ったそうです。

 映画監督のセルゲイ・エイゼンシュテインは1938年、「チュード湖の戦い」を素材とする映画「アレクサンドル・ネフスキー」を製作しました。
 そして、セルゲイ・プロコフィエフが音楽を担当しました。
 プロコフィエフは後にその曲を用いて演奏会用のカンタータ『アレクサンドル・ネフスキー』を発表しました。

 西方カトリックの侵入からロシアを守ったアレクサンドル・ネフスキーは、早くから聖人化が始まり、1547年にはロシア正教会の聖人となりました。
 サンクトペテルブルグに首都を移したピョートル大帝は、ネヴァ河畔の戦いの古戦場にアレクサンドル・ネフスキー大修道院を建立しました。

 1724年、ピョートル大帝の命により、ウラジーミルにあったアレクサンドル・ネフスキーの聖骸がこの修道院に移され、聖アレクサンドル・ネフスキーは新首都サンクトペテルブルクの守護聖人となりました。
 今回の旅行では、多くのロシア正教会で彼のイコンやタペストリー(?)を見たような気がします。
 
アレクサンドル・ネフスキー 広場から大修道院への入口


 入口を入ると石畳の道が続き、正面に大修道院が見えます。
 そして右側の壁にチフヴィン墓地への入口がありました。

石畳の道 チフヴィン墓地への入口
 
前へ  ホームページへ  紀行目次へ  次へ