《ルル》 と 《顔見世》 と 《マンマ・ミーア》 (その2) 東大 2003年11月23日(日) |
◇東大観光 食後、タクシーで不忍池をまわって東京大学へ。 赤門は加賀藩に将軍家斉の娘、溶姫が嫁いだときに造られました。 三四郎池は漱石の「三四郎」の舞台となりました。 上から見ると汚い池に見えましたが、下まで降りてみると手入れされた情緒のある池でした。
安田講堂は東大紛争で過激派と機動隊が攻防戦を繰り広げました。 彼らと佐藤首相には、ちょっと恨みがあります (^_^ゞ。
僕が来たかったのは東大病院。 澤田祐介さんの「蘇る医神アスクレピオスの物語」を読んでから、「確か東大病院にアスクレピオスの杖があったはず」と確認したかったんです。 見つけましたよ (^_^)。 写真に見る蛇が巻き付いた杖が「アスクレピオスの杖」で、医学のシンボルとなっているそうです。
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