伊丹散策 05年9月11日(日)

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 オペラ 《アルチーナ》 日本初演を見るため、伊丹まで遠征しました。
 JRは尼崎から宝塚線に入り、事故現場のあたりはかなりスピードを落として走ります。

JR西日本事故現場 ゆっくり走る


◇ 伊丹有岡城跡

 JR伊丹駅西口から出ると、伊丹有岡城跡が見えます。

 天正6年(1578年)10月、信長から摂津の国を任されていた荒木村重は、謀反を起こし毛利側に寝返ります。
 説得に来た黒田官兵衛は捕らえられ、土牢に閉じこめられてしまいました。

 籠城10ヶ月、天正7年9月2日、村重は単身で有岡城から逃亡しました。
 主を失った有岡城は脱走者が相次ぎ、同年内に陥落し、妻子一族122人は尼崎で処刑されました。
 正妻「だし殿」は美人として有名です。

 村重は生き延び、のちに秀吉に召し出され、御伽衆として大坂城に上がったとされています。

JR伊丹駅 駅から有岡城跡を望む
   


◇ ブルワリービレッジ長寿蔵

 駅前から整備された道をまっすぐ行くと、「ブルワリービレッジ長寿蔵」がありました。
 伊丹の酒蔵をそのままに利用して造られたレストランで、なぜだかベルギー料理が売り物みたいです。
 伊丹の北部、鴻池村に山中鹿之助の長男 新六幸元が遠縁を頼って住みつき、酒作りを始めました。
 慶長5年(1600年)に清酒の醸造に成功し、江戸時代は領主近衛家の保護のもと、伊丹では酒造業が大いに栄えました。

駅前の道 ブルワリービレッジ長寿蔵
店 内 ベルギー料理


◇ 墨洗寺・女郎塚

 酔っぱらいながら、伊丹散策を続けます。
 墨洗寺にある「女郎塚」は、有岡城落城のとき処刑された女性たちの供養のために建てられたとされています。
 
墨洗寺 ↑  左が女郎塚


◇ みやのまえ文化の郷(さと)

 旧岡田家住宅・旧石橋家住宅・伊丹市立美術館などがまとまった文化ゾーンは「みやのまえ文化の郷」として一般公開されています。
 旧岡田家住宅で伺ったところでは、伊丹は戦災の被害は少なかったが、阪神大震災で多くの酒蔵が倒壊してしまったそうです。

旧岡田家 その内部

 ここからオペラが上演される伊丹アイフォニックホールは近くです。
 
 
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