額田女王の旅(2) 三輪山から平城山へ 05年9月25日(日)

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 天智6年(667年)、天智天皇は都を近江大津に移しました。
 このとき額田女王は「味酒 三輪の山 あをによし 奈良の山の 山のまに ‥‥」と詠いました。

 彼女が通った道は「山辺の道」だそうですが、歩くと疲れるので (^_^;、JR桜井線で三輪山から天理、奈良、平城山と移動してみました。

 三輪山は天理までは見えていました。
 意外だったのは、二上山、生駒山など、飛鳥の西側に当たる山がよく見えていたことでした。
 額田女王の歌には出てきませんからね。

三輪山 二上山


 途中で天理市に寄ってみました。
 町中には黒い法被を着た人が多く、さすがの門前町です。

 神社のような外観の「天理よろづ相談所病院」には驚きました。
 教団の人には「憩の家」と呼ばれているようで、「よろづ相談所病院はどこですか?」という質問に、「憩の家は‥‥」と答えられると、会話がかみ合っていないような気持ちになりました。

JR天理駅前 アーケード
天理教本部 天理よろづ相談所病院
憩 の 家 JR駅から「天理よろづ相談所病院」


 JR奈良駅で奈良線に乗り換え、次の駅が「平城山(ならやま)」です。
 どこに平城山があるのかも分かりませんでしたが、夕暮れも迫り、今回の旅はここまでとしました。

JR平城山駅 駅 前
 
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