ペルチャッハ紀行(1991年8月7日の2)
※ブラームス・交響曲第2番・ペンション『ラパッツ』

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 ブラームスは毎年夏になると避暑のためウィーンを離れ、美しい自然の中にある保養地で創作活動を進めるのが常だった。
 1877年の夏、彼は南オーストリア、ヴェルター湖畔のペルチャッハに滞在し、交響曲第2番を作曲した。
 この交響曲を評した友人テオドール・ビルロート(世界で初めて胃切除術に成功した大外科医)の「この曲はすべてが青い空、川のせせらぎ、太陽の光と涼しい森の木陰だ。ペルチャッハとはどれほど美しいところだろう」という言葉は大変有名になっている。

 日本で調べた限りでは、ペルチャッハの街について書かれた資料は見つからなかった。
 ペルチャッハとはどれほど美しいところだろう?
 それを確認するためには、自分で行ってみるしかないわけだ。

 ヴェルター湖のあるケルンテン州はオーストリアの南端に位置し、スロベニアと国境を接している。
 ヴェルター湖は避暑地として有名で、ペルチャッハがある北岸の方が、鉄道も通り賑わっている。
 一方の南岸は静かな落ち着いた雰囲気で、マーラーが交響曲第5番を作曲したマイヤーニッヒがある。

クラーゲンフルト港
 前日はクラーゲンフルトにて宿泊。
 この日はまずマイヤーニッヒにあるマーラーの作曲小屋を訪ねた(マイヤーニッヒ紀行)。

 マイヤーニッヒからタクシーでクラーゲンフルトに戻り、いよいよ『ブラ2紀行』の始まりだ。
 
 クラーゲンフルトからペルチャッハへは鉄道も走っているが、今回はクラーゲンフルト港からヴェルター湖観光の汽船に乗ってみた。

 船から眺める景色は確かに美しい。
 しかし、観光船の中ではドイツの歌謡曲(?)を大きな音で流していて、とてもブラームスやマーラーを偲ぶといった雰囲気ではない。

ヴェルター湖 ペルチャッハの埠頭


 マイヤーニッヒなど幾つかの港をまわって、船はペルチャッハに到着した。
 ペルチャッハはヴェルター湖の中でも中心となる町のようで、町中に人が溢れていた。
 
ペルチャッハ駅
 ペルチャッハ駅で早速タクシーを捕まえて「ブラームスハウスへ!」と言ったところ、返ってきたのは「そんな家は知らない」という思いもかけない返事。
 「先ず観光案内所へ行ってみたら」とアドバイスされて、駅前にある観光案内所へ。

 受付に座っている若い女性に尋ねたところ、彼女もブラームスハウスを知らない様子で戸惑っている。
 「ペルチャッハの名前に惹かれて、わざわざ日本から訪ねて来たのに、観光案内所の職員でさえ知らないようではブラームスハウスを探すことが出来ないのではないか?」と心配になる。

 彼女は奥の部屋から所長とおぼしき年輩の男性を呼んできた。
 この男性は頼りになる人だった。
 彼によれば、ブラームスが滞在した家は『ラパッツ』というペンションになっているそうで、ペンション一覧表を見せてくれた。
 
ブラームスが住んだペンション『ラパッツ』

 大喜びで再びタクシーに乗り込み、ペンション『ラパッツ』を目指す。
 『ラパッツ』はハウプトシュトラッセの街外れに建っていた。
 外壁にあまり趣味のよくない絵が描かれている。

 しかし、オーストリアの音楽史跡でお馴染みの紅白の旗やプレートが見つからないので、また心配になる。
 と、二階から女の人が顔を出した。
 「ここがブラームスが滞在した家か?」と聞くと、「そのとおりだが、今は普通のペンションであなたは中には入れない」という返事。
 中に入れなくてもかまわない。
 やっとブラームスが交響曲第2番を作曲した家を見つけることが出来たのだ。

 『ラパッツ』の右側にある坂を下りて湖畔まで出ると、目の前にヴェルター湖と湖を取り囲む山々が広がる。
 あの山もこの湖も、この景色はブラームスが見たままのものだ。
 思わず第1楽章のホルンのメロディーが心に浮かんでくる。
 これでこそ、わざわざペルチャッハまで来た甲斐があったというものだ。
 
 『ラパッツ』から湖畔に出ると ブラームスが見たままのヴェルター湖


 ブラームスはペルチャッハに翌年の1878年にも滞在し、『ヴァイオリン協奏曲』を作曲した。
 また1879年にも滞在し、『ヴァイオリンソナタ第1番』を作曲した。

 ブラームスは『ラパッツ』の向かいに建っている『シュロス・レオンシュタイン』というホテルに宿泊したこともあったようで、ホテルの中庭にはブラームスの胸像が立っている。
 しかし、これまた従業員に尋ねてやっと見つけることが出来たような状態だ。
 
ホテル・シュロス・レオンシュタイン ホテルの中庭にブラームスの胸像


 しかし何ということだろう。
 こちらはペルチャッハの名に憧れて日本からわざわざ来ているのに、地元の人々にはブラームスが全く無視されている。

 憤慨するとともに、このブラームスファンの宝ともいうべき史跡を何とかしなくてはと思い、『レコード芸術』に投稿したり(掲載されました)、オーストリア観光局に要望書を送ったものです。

 1992年9月9日、ブラームス協会の会長であった渡辺茂さんはペルチャッハを訪れられ、ホテル・レオンシュタインに宿泊されました。「渡辺茂追悼文集」
 渡辺さんは1995年に芸術現代社から、『ブラームス 古典への回帰、その光と翳』を出版しておられます。
 
 ペルチャッハでは、1993年?から、ヨハネス・ブラームス国際コンクールが開かれるようになりました。

※2012年9月9日(日)のニュースです。

 オーストリアのヨハネス・ブラームス国際コンクールで9日、ピアノ部門の決勝が行われ、横浜市出身の佐藤麻理さん(25)=オーストリア在住=が優勝した。2位には北海道出身の黒田佳奈子さん(30)=同=が入賞、上位2位を日本人が占めた。

 同コンクールは今年で19回目。欧州では権威あるコンクールの一つで、オーストリア南部のペルチャッハで毎年開かれる。

 佐藤さんは、5歳からピアノを始め、東京芸大を経て、2007年からウィーン国立音大に在学中。黒田さんは桐朋学園大を卒業後、ミュンヘン音楽大大学院で学び、現在、ザルツブルクモーツァルテウム大大学院に在籍している。