バッハ街道の旅(10)2000年5月4日(水)
ライプツィッヒ ( 聖トーマス教会&アウエルバッハス・ケラー)

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 さて、いよいよ『バッハ街道の旅』最初のクライマックス、バッハが死ぬまでカントールを勤めていた聖トーマス教会だ。
 しかし、正面は工事中で覆いが掛けられている。
 お目当てのバッハ像も見あたらない。
 と、工事中のおじさんが『あっち、あっち』と教会の横に行くよう指を指す。
 『バッハは?』と訊くと『それも、あっち』とのことで、教会の右横に移動。
 あったあった (^_^) 、バッハ像(カール・ゼフナー作・1908年)。
 しかし、周りの木が生い茂ってバッハが圧迫されている感じ。



     バッハ像を後ろから見ると ↑

  ← バッハ像は教会の横に建っている


 横の扉から入ると、中は工事現場だった。
 ふと見ると、右側に祭壇とバッハのお墓。
 違〜〜〜〜う! こんなの!
 僕のイメージでは正面の扉から入り、静まりかえった教会を祭壇に進むと、床に花を捧げられたバッハのお墓があるはずなのに (-_-) 。
 バッハオルガンやバッハフェンスター(ステンドグラス?)もあるはずなのに、どれも工事中。
 いつまで工事しているんだろうね?

 ヨハン・セバズチャン・バッハは1750年7月28日に世を去った。
 そして彼の遺体は聖ヨハネ教会に埋葬された。
 彼の遺体が聖トーマス教会に納められたのは第二次大戦後。
 死後200年が経過していた。

 続いてトーマス教会の向かいにあるバッハ記念館(バッハの友人、貴金属商ボーゼの家)へ。
 カッサで『あと10分しかない』といわれたが、『OK、OK』ということで、5分で見学終了 (^_^) 。
 ドイツ語の解説なんて、どうせ分からないからね (^_^;。
 メンデルスゾーンによって建てられた旧バッハ記念像(石像)はトーマス教会前の広場にあった(写真右 → )。


 それから夕食でも、ということでゲーテの《ファウスト》で有名なアウエルバッハス・ケラーへ。
 この酒場は旧市庁舎近いメードラーパッサージュ にあった。

市庁舎 メードラーパッサージュ入口

 アウエルバッハス・ケラーの前にはファウストとメフィストフェレスのブロンズ像が建っていた。
 店は地下にあったが、まだ開店前であった (-_-) 。
 中を覗いてみたが、普通のレストラン風であった。

ファウストとメフィストフェレスのブロンズ像 階段を降りると

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