バッハ街道の旅(14)2000年5月5日(木)
 ハレ (ヘンデルの生家)

旅行記の最初へ  ホームページへ  次のページへ

 
 ケーテン発 12:22 → ハレ着 12:44。

 大作曲家ヘンデルが生まれた街、ザクセン・アンハルト州の州都であるハレは大きな街だ。
 駅から街に行くには大きな自動車道を渡らなくてはならないんだが、この道路を見た時点でめげてしまって、駅に戻りタクシーに乗った。
 まずはヘンデルハウス(ヘンデルの生家)へ。
 自動車道で街の外側をぐるっと廻って、ヘンデルハウスまで約10マルク(500円)だから、そんなに遠くはないようだ。

 ヘンデルハウスに入ろうとしたら、中から日本人の団体が出てきた。
 これが例のバッハ合唱団で、3日続けて会うこととなった。
 彼らは今夜のオペラは行かないそうで、これが最後の対面となった。
 受付に頼むと日本語の解説を放送してくれるそうだ。
ヘンデルハウス 館内の展示

 ゲオルグ・フリードリッヒ・ヘンデルは1685年2月23日に生まれた。
 父親は外科医だったが、裕福だったようで、ヘンデルハウスはなかなか立派な家であった。
 内部の展示は他の記念館と同じようなもので、もはやよく覚えていない (^_^ゞ。
 でも、充実したものであった。
 中庭はカフェになっていた。

 それからマルクトプラッツへ。
 この広場は大変な賑わいであった。
 まずは聖母教会(写真右 → )。
 バッハはこの教会のオルガニストの試験に合格したが、給料が折り合わず、就職を断ることになった。
 しかし、その後新しいオルガンが完成した時、バッハは記念演奏に招かれ、大変なごちそうで歓待された(メニューが残っている)という。
 しかし、この教会は工事中で、中に入ることは出来なかった。
 オルガンを見たかったのに、どこへ行っても工事中ばかり (-_-) 。

 それから広場の反対側にあるヘンデル像へ。
 しかし、彼がじっと見つめる聖母教会との間には市電が走っており、そりゃひどいもんだ。
 経済効果第一主義のこの街には良い印象は持てなかった。



  ヘンデル像があるマルクトプラッツ  ↑

      聖母教会を見つめるヘンデル →

 インフォーメーションは『赤い塔』の2階にあった。
 『地球の歩き方99〜00』の写真(P325)の真ん中に建っている建物だ。
 聖母教会の4つの塔と合わせ、『5つの塔の街』と言うんだとか。

 14:44 ハレ発 → 15:12 ライプツィッヒ着。
 

旅行記の最初へ  ホームページへ  次のページへ