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いよいよ帰国の日となりました。 僕はお墓を中心に回ったのですが、サンクトペテルブルクやモスクワには作曲家、作家、その他の博物館が多く、最低でもあと2日は必要だったでしょうか。 ガイドさんと一緒にタクシーでシェレメチェヴォ空港に向かいます。 空港への道路は相変わらずの大渋滞ですが、途中で右折してクリンへ向かう道は空いていました。 クリンにはチャイコフスキーが晩年を過ごした家があり、「ロシア音楽ツアー」の定番になっているようです。 大きな駐車場に面して建っているのがチャイコフスキー博物館。 内部は巨大空間で、膨大な資料が並んでいます。 ただ、解説がすべてロシア語なんだな (^_^ゞ。
博物館から散歩道を奥に進むと、ベンチに座ったチャイコフスキー像があり、そしてチャイコフスキーの家が建っています。 45歳のチャイコフスキーはモスクワの北90キロにある、クリンという田舎村に家を借りました。 この村はモスクワとサンクトペテルブルクを結ぶ路線の途中にあり、交通の便が良く、自然に恵まれていました。 彼はこの家で作曲に励み、1893年11月6日サンクトペテルブルクで客死(53歳)するまで、この家で暮らしました
チャイコフスキーの死後、この家は下男のアレクセイが買い取り、生前のまま残されました。 そして弟のモデストにより『チャイコフスキー博物館』と名付けられました。 モデストが亡くなった後は国が引き継いで管理しています。
シェレメチェヴォ空港は日本語はもちろん、英語も通じない世界。 通関など、ひたすら怖かったです。
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