山陰紀行(2) 安来 03年5月4日(日)
足立美術館 月山富田城
 
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◇足立美術館(安来)

 8:06 鳥取発の特急「出雲」で、9:57 安来駅下車。
 目の前に停まっていた足立美術館行きのシャトルバス(無料)に乗り込みます。
 足立美術館の入場料は2200円と高いんですが、タクシーだと2000円以上かかるということで、シャトルバスで元は取れるかな‥‥と (^_^ゞ。

足立美術館 足立美術館の庭園


 足立美術館は地元出身の実業家・足立全康氏によって、昭和45年秋に建てられた美術館で、特に横山大観のコレクションが有名です。
 1万3千坪の日本庭園も有名です。
 一時間半はかかるという展示を30分で駆け抜けましたが、やはり横山大観は大家ですね。

◇ 月山富田城

 受付でタクシーを呼んでもらい、月山富田城に向かいました。
 山陰地方で有名なお殿様は、やはり尼子経久でしょう。
 その尼子氏の居城が、広瀬町にある月山富田城です。
 山腹の中山御殿址まで登って、タクシー代は1000円くらい。

 中山御殿址は広場となっており、石垣などの修復も行われ、史跡として整備されているようでした。
 月山頂上までは3〜40分とのことでしたが、とても登る元気はありません。
 この日はとても暑かった。

向こうに見える山が 尼子氏の月山富田城
月山富田城跡案内図 山中鹿之助像


 尼子氏は全盛期には月山富田城を居城とし、出雲・隠岐・以下山陰・山陽八ケ国の守護に任ぜられました。
 しかし、晴久、義久と徐々に勢力が衰え、永禄9年には毛利元就の軍門に下りました。
 この後、尼子の遺臣山中鹿介らが尼子勝久を戴いて、尼子氏の再興を図りましたが、失敗に終わりました。
 城中太鼓壇に「山中鹿之介幸盛」の像が建っていました。
 「我に七難八苦を与え賜え」と三日月に祈った、彼の言葉は有名です。

 関ヶ原の合戦後、戦功のあった堀尾吉晴が入城しましたが、交通の便が悪いため、松江に城を移し、月山富田城は廃城となりました。
 ふもとの広瀬町歴史民俗資料館を見学し、一時間に1本のバスに乗り、安来駅に戻りました。
 
 
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