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二本松城(霞ケ城)の天守閣は菊人形会場からは離れた高台にあります。 前にも書きましたが、二本松藩が誕生したのは寛永二十年(1643年)。 初代藩主丹羽光重が十万七百石で入城し、丹羽氏は幕末まで10代、220有余年続きました。 二本松城は戊辰戦争に際し、西軍との徹底抗戦で城内・家中屋敷のすべてを焼失し、慶応四年(1868)7月29日に落城しました。 過去の悲惨な歴史はさておき、ここからは安達太良山を正面に望むことが出来ます。 安達太良山の主峰(1700M)は「乳首山」とも呼ばれているそうで、「なるほどな」というところですね。
天守閣から下りたところに「智恵子展望台」があり、歌碑が置かれていました。 近くには「見晴台」がありまして、一生懸命写真を撮りましたが、何処で撮ってもあまり違いが分かりませんね。
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