マキシム・ヴェンゲーロフ & ポーランド室内管弦楽団
2014年5月28日(水)6:45PM 愛知県芸術劇場コンサートホール

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 1986年10月17日(金)に聴いたエフゲニー・キーシン、1987年に聴いた五嶋みどり、1988年4月に聴いたマキシム・ヴェンゲーロフ。
 この3人は「神様から奇跡の才能を与えられた神童は実在するのだ」、ということを教えてくれた、僕にとって特別の存在です。

 僕が最初にヴェンゲーロフを聴いたのは、1988年4月の名古屋市民会館でした。
 エフゲニー・キーシンとのコンチェルトの夕べで、後ろで指揮をした髪の薄い指揮者がワレリー・ゲルギエフ。
 オーケストラは名古屋フィルハーモニー交響楽団でした。

 僕のお目当てはキーシンでしたが、しかし、その日僕がキーシン以上に驚愕したのは、パガニーニの『ヴァイオリン協奏曲第1番』を弾いた13歳のヴェンゲーロフでした。
 髪を長く伸ばした女の子みたいな子供なのに、技術的にも音楽的にも非の打ち所のない演奏で、「神様から才能を与えられた神童って、キーシンだけではないのだ」との感を強く持ちました。

 彼の演奏で僕が最も感心したのは、右手に持つ弓の強い圧力。
 ふつう弓で弦を強く圧迫すると、ギーギーと雑音が出てしまうのですが、ヴェンゲーロフの場合はそれが深い音となって出てくるのです。
 「そんなに圧力をかけては楽器が壊れるのではないか?」と心配したものですが、その前に彼の肩が壊れてしまい、2008年に演奏活動から引退してしまったのは人類の宝を失ったようなショッキングな出来事でした。

 そのヴェンゲーロフが演奏活動を再開し、8年ぶりの来日公演があるということで、2012年10月6日の昭和女子大学人見記念講堂に飛んでいきました。
 その時の演奏を聴いて思ったのは、昔は弓で押さえつけて楽器を鳴らしていたのに、今は楽器そのものから音が湧き出てくるような響かせ方になったなということ。
 昔の方が彼の演奏家としての意志を感じることができて好きでしたが、肩を痛めて演奏方法を変えたのでしょうか?

 翌年(?)テレビ放映されたフランクのヴァイオリンソナタも物足りない演奏でした。
 しかし、ヴェンゲーロフが名古屋まで来てくれるのなら、聴き逃すわけにはいきません。
 会場の入りは7割くらいだったでしょうか。

 マキシム・ヴェンゲーロフ & ポーランド室内管弦楽団
 2014年5月28日(水)6:45PM
 愛知県芸術劇場コンサートホール

 指揮・ヴァイオリン:マキシム・ヴェンゲーロフ
 管弦楽:ポーランド室内管弦楽団

 モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲 第4番 ニ長調
 モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲 第5番 イ長調「トルコ風」

 チャイコフスキー:憂鬱なセレナード 作品26
 チャイコフスキー:「なつかしい土地の思い出」より
  瞑想曲  スケルツォ  メロディ
 チャイコフスキー:ワルツ-スケルツォ 作品34
 サン=サーンス:ハバネラ 作品83
 サン=サーンス:序奏とロンド・カプリチオーソ 作品28

 500円のプログラムに肩のことが詳しく書かれていました。
 2005年に肩を壊した原因は、ウェイトリフティングなどのトレーニングをしすぎたためだそうです。
 2008年4月には演奏活動から引退。
 2010年に肩の手術を受け、1年間のリハビリの後、2011年の5月に演奏を再開しました。
 
 プログラムから引用させていただきます。
 やむを得ない休職で、「自分の技術について見直す時間ができました」と彼は言う。
 「再び少年に戻ったかのように、最初から見直すのです。今や私は最小限の力を使い、より効率的に演奏できます」。
 弓にかける力を少なくするということですか?
 「そうです、弓も、左の腕も。すべてを変えました。私は昔のヴ工ンゲーロフは去るべきだと決めた。だからこれは単なる復活ではなくて、生まれ変わりなのです」。

 昔のヴェンゲーロフが大好きだった僕にとって、この言葉は残念でした。
 「弓にかける力を少なくする」なんて。

 前半はモーツァルトの協奏曲2曲。
 「第4番」はスズキ教則本の第9巻、「第5番」はスズキ教則本の第10巻。
 小学生の子供でも技術的には演奏できる曲です。
 美しい演奏でしたが、ヴェンゲーロフでなくては、というものは無かったような気がします。
 この2曲で約1時間が経過しました。

 しかし、後半は良かった。
 特に、サン=サーンスのヴィルトゥオーゾ的テクニックを見せ付ける曲では、昔の彼が戻ってきたようでした。
 贅沢を言えば、左手のフィンガリングに不明瞭な部分があり(スピード早すぎ)、長かった休養時間の後遺症なのかと思いました。
 壊れた右腕は全盛期を思い出させるもので、「弓にかける力を少なくする」事はしていないと思われました。
 スタッカートの切れ味が今ひとつかと思いました。

 アンコールはヴェンゲーロフから「ブラームスのハンガリアンダンスを演奏します」とのアナウンスがあり、第1番と第5番が演奏されました。
 終演時間は9時15分で、協奏曲は一曲で良かったような気もしましたが、ヴェンゲーロフの今(39歳)を堪能させていただきました。