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本日は『アルゴリス・バスツアー』で、エピダウロスとミケーネを回ります。 ガイドさんが話すのはギリシャ語と英語。 英語もギリシャ訛りのようで、何を説明しているのか分かりません。 それに、僕は「ATHENS」を英語で何と発音するのかも分からないレベル (^_^ゞ。 「エースンズ」と言っておけば間違いないようです。 アテネから1時間を過ぎて、バスはレストハウスの前に停まりました。 どうして良いか分からなかったのでガイドさんに付いていったのですが、彼女はレストハウスの店員と雑談を始めました。 「これはおかしい」ということで外へ出て、東洋人(中国の方でした)に「僕はここで何をすれば良いのですか?」と聞いてみました。 「この道をまっすぐ行くと橋があって、そこから運河を見ることが出来る」というお返事で、危うくコリントス運河を見損なうところでした。 コリントス運河はペロポネソス半島の根元にあり、エーゲ海とコリンティアコス湾を結ぶ、全長6343mの運河。 1893年に完成したこの運河の開通で、従来のペロポネソス半島を大きく迂回するルートに比べて航路が400kmあまり短縮されました。 実際に見るコリントス運河は写真よりもかなり迫力がありました。
コリントス運河を渡ればそこはペロポネソス半島。 ツアーバスはまずエピダウロスの史跡を訪れました。 エピダウロスには紀元前4世紀に造られ、1954年にオペラも上演できるように改築された大きな円形劇場(1万2千人収容)があって、夏には「エピダウロス・フェスティヴァル」が開かれているそうです。 マリア・カラス(1923〜1977年)は1960年8月にベッリーニ《ノルマ》、1961年8月にはケルビーニの《メデア》を演じたそうです。
ここでガイドさんの説明は終わり、自由解散になりました。 これでは困ります。 エピダウロスには今回のテーマの一つである『医神アスクレピオス』の神殿遺跡があるはずなのです。 古代ギリシアにおいては、アスクレピオスの神殿は総合病院であり、エピダウロスの神殿は紀元前4世紀に全盛期を迎えました。 演劇は精神治療の一環であり、各地にあるアスクレピオスの神殿には円形劇場が併設されていることが多いのです。 医神アスクレピオスはギリシャ神話に出てくる名医で、アポロンとコローニスの息子。 コローニスは妊娠中に不義を働き、カラスの告げ口でこれを知ったアポロンはコローニスを殺しました。 アスクレピオスは半人半獣のケンタウロスの賢者ケイローンに養育を受け、とくに医学に才能を示しました。 アスクレピオスは数々の経験を積み、ついに死者まで生き返らせることができるようになりました。 ゼウスはこれを「生死の秩序を乱すもの」として喜ばず、雷でアスクレピオスを撃ち殺しました。 アスクレピオスは、死後天に上げられて「へびつかい座」となりました。 アスクレピオスの家族はいずれも医術にかかわっており、娘には衛生を司るヒュギエイアや治癒を司るパナケイアがいます。 バスの出発時間を気にしながら、まずは考古学博物館。 解説は分からないし、時間が無いので適当に内部の写真を撮っておきました。
帰国して写真の整理をしていたら、窓際に蛇の絡まった杖を持つアスクレピオスの立像を発見しました \ (^o^) /。 この像はアスクレピオスについて書かれた本に必ず出てきます。 彼の持つヘビの巻きついた杖は「アスクレピオスの杖」と呼ばれ、医学の象徴としてWHO(世界保健機構)など世界的に用いられています。 蛇の脱皮が再生のシンボルだとか、 蛇の毒も制御できるとか、様々な解釈があるようです。
近くにあるアスクレピオスの神殿遺跡は積み重なった大理石の塊で、前にも書きましたが、ここから古代の神殿や総合病院を想像するには、かなりの知識と想像力が必要でしょう。
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