『パリ お墓とオペラの旅』 2011年5月1日(日) 15)ベルリオーズの墓、ハイネの墓(モンマルトル墓地) |
ムーランルージュの近くに、モンマルトル墓地の入口があります。 門を入ると目の前に鉄橋があって、どうも墓地の上に車道を通したようで、空間が圧迫され、大変に雰囲気が悪いです。
マンマルトル墓地の地図については『パリの墓地』(水原冬美、新潮社)を見ていただくとして、僕が廻った順にお墓を紹介していきます。 まず、入って左側の石垣の上にあるのがエミール・ゾラの墓(1840〜1902)。 作家としては「居酒屋」「ナナ」。 ドレーフュス事件に対して、ゾラは新聞「オーロール」の一面に「私は弾劾する」という大統領宛の公開質問状を掲載し、弾劾しました。 ゾラの遺体は1908年にパンテオンに移され、ヴィクトル・ユーゴーと同じ部屋に安置されています。
作曲家では、まずエクトールベルリオーズの墓(1803〜1869)。 目の前の石板の下にベルリオーズが眠っているかと思うと、震えます。
ベルリオーズの墓の近くに、映画監督フランソワ・トリュフォーの墓(1932〜1984)。 こういう平たくて特徴のないお墓は探しにくいです。
つぎはハインリッヒ・ハイネの墓(1797〜1856)。 ハイネの詩にシューマンが作曲した『詩人の恋』は大好き。 后妃エリザベートはハイネの信奉者で、ミュージカル《エリザベート》でも、降霊術でハイネを呼び出す場面があります。
次はデュマ・フィスの墓(1824〜1895) オペラ《ラ・トラヴィアータ》の原作者ですが、ちょっと気味の悪いお墓でした。
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